ーグラウンド演劇運動 と時期を同じくするとともに、中身にも 共通性がある。帰国後、当時佐藤信、串田和美、斉藤憐等が結成した六本木自由劇場のためにピランデッロの「エンリコ四世」を翻訳。以後 イタリアを主としたヨーロッパ演劇の紹介、翻訳をする。同時に演劇雑誌「テアトロ」に演劇時評を始める。 1981−2年、ローマ大学附属演劇舞台研究所で、フェルッチョ・マロッティ教授についてコンメディア・デッラルテを,フランカ・アンジェリー教授について現代イタリア演劇を研究する。同時に、当時來伊したポーランドの演出家家イエジュイ・.グロトフスキのセミナールに参加する。又、タティアーナ・パヴロヴァや、ピヨトル・シャーロフ等によって導入、実践されたスタニスラフスキーシステムのイアリア化に興味を持ち、アレッサンドロ・フェルセンの演劇研究所に通い、同システムの実践を日本の其れと比較研究する。2001年、佐藤信の依頼によりルイージ・ルナーリの「シーソーの上の三人」を翻訳。この芝居は2002年、世田谷パブリックシアターで上演される予定であったが、事情により中止となり、その代わり同じ作者の「パードレノーストロ/我らが父よ」を翻訳、毬矢友子と白井晃によって上演され、高い評価を得た。